研究内容
「抗生物質」と聞かれて、何を想像されるでしょうか。病気に罹患した時に処方される薬である、また抗生物質耐性細菌の出現などの社会問題の1つであるなどを思い浮かべられると思います。抗生物質は、微生物が生産し、かつ他の微生物の生育を阻害する化合物として科学的に定義されています。また、広義には、微生物由来の化合物を化学修飾した物質や、微生物だけではなく他の細胞の生理機能を阻害する物質も含みます。この抗生物質を生産する有名な微生物として、「放線菌」があります。この放線菌からは、多くの抗生物質がこれまでに発見されており、私たちの社会を影ながら支えています。私たちの研究室では、この放線菌に着目し、抗生物質が何をきっかけにして生産されるのか、また抗生物質がどのような化学反応を経て生産されるのかなどの分子メカニズムを明らかにすることを目指しています。
また、放線菌のゲノムDNAのサイズは、抗生物質などをあまり生産しない微生物の約2倍程度の大きさです。このゲノムDNAには、抗生物質の生合成に関わる遺伝子群が30以上も1菌株あたりに配置されており、研究当初の予想よりも遙かに多い数の抗生物質を生産する可能性が示唆されています。しかし、これらの遺伝子群の約9割が通常条件下では機能しておらず、放線菌の魅力的な代謝能力を有効活用している状況にありません。そこで、私たちは、ゲノム情報や遺伝子工学などを駆使して、放線菌の休眠代謝能力を如何に活性化させ、新規物質を創出するかに焦点を当て研究を展開しています。
最後に、私たちは、放線菌が生産する各種物質が生物間の相互作用に関わっているのではないかと考えています。放線菌は、実験室環境下にて抗生物質を生産しますが、自然環境下での生産については未解明です。生育阻害を引き起こさない極低濃度の抗生物質は、対象微生物の生理現象を調節することより、抗生物質に限らず微生物が生産する物質が、生物間の相互作用に深く関わっている可能性があります。事実、私たちは、放線菌の物質生産を誘導するシグナル分子が植物の種子発芽を抑制することを見出しています。そこで、私たちは、放線菌と化学物質の作用を明らかにすれば、生物間相互作用を解明できると考えています。さらに、この相互作用を利用すれば、放線菌に休眠する代謝能力が覚醒され、新規物質を発見できると考え、研究を実施しています。